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Article: 10月8日は足袋の日

旧本社と正門の松。二代目 鈴木乙次郎と営業部長 鈴木一彦|イサミ足袋本舗
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10月8日は足袋の日

10月8日は「足袋の日」です。1988年(昭和63年)、足袋メーカーの業界団体である日本足袋工業懇談会が定めた記念日です。

私たち株式会社イサミコーポレーションは、1907年(明治40年)に足袋屋として始まった会社です。足袋の日にあわせて、今日は私たちの年表を少しさかのぼり、足袋から始まった会社がどこへ向かっているのかをお話しします。

足袋の日の由来

なぜ10月8日なのか。理由は二つあると伝えられています。

ひとつは季節です。10月は、七五三、お正月、成人式と、これから着物を着る機会が増えていく季節の入り口にあたる、という理由です。

もうひとつは数字です。「八」は末広がりで縁起がよい。和装の季節を前にした10月の、縁起のよい8日。それが足袋の日です。

足袋は、着物の足元を支える道具であると同時に、日本の履き物の文化と深く結びついてきたものでもあります。足袋の日は、私たちにとって、そのことを思い出す日でもあります。

1907年、足袋から始まった

創業は明治40年。初代の鈴木勝次郎が、足袋の産地・埼玉県行田で「イサミ足袋本舗」として足袋づくりを始めました。

行田にはすでに多くの足袋屋があり、イサミは後発でした。そこで初代は、当時イギリスで最先端だったノコギリ屋根を採り入れ、電動ミシンを多数そろえて、足袋業界に勝負を挑みました。二代目の鈴木乙次郎の代になると店を行田の新町へ移して生産を広げ、販路を北海道・東北へと伸ばしていきます。「イサミ足袋」の名が全国に知られるようになったのは、このころです。

旧本社と正門の松。二代目 鈴木乙次郎と営業部長 鈴木一彦|イサミ足袋本舗

当時の足袋には、髷を結った男性の絵のラベルが貼られていました。社内では「松さん」と呼ばれている、歌舞伎の役者をモデルにした絵です。1910年代には、このラベルを5枚集めるとイサミの映画班による映画鑑賞会に参加できたそうです。足袋が、暮らしの近くにあった時代の話です。

イサミ足袋のラベル「松さん」松・竹・梅|イサミ足袋本舗

軍服、そして学生服へ

足袋だけをつくっていたわけではありません。昭和2年には衣料品の製造を始め、戦争の時代には軍の被服を縫いました。戦後は、軍服で培った縫製のノウハウを学生服に生かし、その後も子ども服、靴下、体育・スポーツ衣料と、時代に合わせてつくるものを変えてきました。

会社の名前も、イサミ足袋株式会社、イサミ衣料品工業株式会社を経て、1990年(平成2年)に株式会社イサミコーポレーションになりました。いまの私たちは、学校制服・スポーツ衣料・企業ユニフォーム、そして足袋の企画・製作・販売を行う会社です。

  • 1907年(明治40年) 行田で足袋製造を始める
  • 1927年(昭和2年) 衣料品の製造を始める
  • 1952年(昭和27年) イサミ足袋有限会社をイサミ足袋株式会社に組織変更
  • 1958年(昭和33年) イサミ衣料品工業株式会社に改称
  • 1959年(昭和34年) 体育・スポーツ衣料の製造販売を始める
  • 1990年(平成2年) 株式会社イサミコーポレーションに改称

つくるものは変わっても、「生地を裁ち、縫い、身につけるものに仕立てる」という仕事の芯は、足袋から一度も変わっていません。

岡足袋という仕事

足袋には、大きく二つの種類があります。底にゴムを貼って地面を直に歩く「地下足袋」と、雪駄や草履と合わせて履く、底が布の足袋。後者を、業界では「岡足袋(おかたび)」と呼びます。白足袋、柄足袋、別珍の足袋。着物の足元にある、あの足袋のことです。

イサミがつくってきたのは、この岡足袋です。いまも行田本店の「イサミ足袋本舗」で、呉服向けの白足袋や柄足袋をつくり続けています。

行田の足袋づくりは、江戸時代にさかのぼります。忍藩主が、暮らしに窮した下級武士の内職として足袋づくりを勧めたのが始まりと伝えられ、明治になってミシンが入ると、行田は足袋の一大産地になりました。町に残る「足袋蔵」は、その時代の名残です。

行田の工場で足袋を縫う職人たち|イサミ足袋本舗

伝統的な足袋は、一足が13の工程でできています。ひきのし、裁断、甲馳(こはぜ)付け、千鳥、仕上げ。生地をサイズごとの抜き型で裁ち、甲や底を縫い合わせ、こはぜを付け、最後に形を整える。私たちの工場では、いまも職人が一足ずつこの工程を踏んでいます。つま先の美しい流線と、シワのない均一な仕上がり。足袋の美しさは、そこに宿ります。

足袋の仕上げ。木の棒に通して形を整える|イサミ足袋本舗

着物の市場とともに

ただ、岡足袋の仕事は、着物の市場とともにあります。

着物を日常で着る人は減り、足袋の出番も減りました。かつて日本一の足袋産地だった行田でも、最盛期には100軒を超えた足袋業者のうち、いま縫製を担うのはわずか5社です。技術はある。けれど、その技術が向かう先が、年々小さくなっている。これが、私たちの足元にある現実です。

呉服を離れた新ブランド、ISAMI

2025年11月、私たちは新しいブランド「ISAMI」を立ち上げました。足袋づくりの技法を呉服の世界から解き放ち、ふだんの服に合わせる足元として、もう一度つくり直す。呉服を離れた、岡足袋の挑戦です。

その主力が、2026年6月に発表した THE KNIT TABI(ザ・ニット足袋)です。生地はニットの産地・新潟県見附市の三本テキスタイルに、足袋として成立する編み地になるまで試行錯誤していただきました。その生地を行田に運び、工場にあるサイズごとの抜き型で抜いて、伝統の足袋と同じ工程で、自社工場で一足ずつ縫い上げています。靴下のように編んで成型するのではなく、裁って、仕立てる。糸は現代のポリエステルですが、つくり方は岡足袋のそれです。

行田の足袋工場にある、サイズごとの抜き型|ISAMI

鼻緒のサンダルや雪駄にはもちろん、スニーカーや革靴の中にもそのまま履けます。素足のような感覚で履ける一足です(感じ方には個人差があります)。

THE KNIT TABI を雪駄に合わせて|ISAMI

足袋を、後世へ

来年、イサミコーポレーションは創業120年を迎えます。

足袋から始まり、軍服を縫い、学生服をつくり、それでも足袋をやめなかった会社が、創業120年を前に出した答えが ISAMI でした。消えゆくものを、解き放つ。私たちはこれからも、まだ見ぬ岡足袋の可能性を探しながら、足袋を後世へとバトンをつないでいきます。

10月8日。足袋の日に、足元を一度だけ見てみてください。

THE KNIT TABI は 3,300円(税込)、サイズは M(23.0〜25.5cm)と L(26.0〜28.5cm)。国内送料無料でお届けします。川越の ISAMI Store では試着もできます。

──株式会社イサミコーポレーション(埼玉県行田市)

Shop THE KNIT TABI

The Knit Tabi Antoinette(アントワネット・黒とアイボリーの柄)|片足を台に掛けて斜め横から|ISAMI
The Knit Tabi Kiku Black(菊・黒地に白の菊)|片足を台に掛けて斜め横から|ISAMI
The Knit Tabi - Kiku Brown
SeasonalThe Knit Tabi Susuki Duo(すすき・グレー×オレンジの2色切り替え/シーズナルカラー)|左右一足を正面から(2色切り替え)|ISAMI

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ザ・ニット足袋(THE KNIT TABI)White Dot|横から見た全体|ISAMI
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The Knit Tabi was featured in Seni News, Nikkei MJ and Senken Shimbun. Here is a list of the coverage from summer to autumn 2026.

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The Knit Tabi シーズナルカラー Sakura・Wakakusa・Minamo の3足|ISAMI
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THE KNIT TABI に、季節の5色。シーズナルカラー 10月6日(火)正午 発売

ニット足袋 THE KNIT TABI に季節の新色5色。2026年10月6日(火)正午、公式オンラインショップで発売。¥3,300(税込)・M/L。Sakura・Wakakusa・Minamo と、2色切り替えの Tsukiyo Duo・Susuki Duo。

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