コンテンツへスキップ

カート

カートが空です

記事: 行田足袋のいま|職人の技と、新しいニット足袋

読みもの

行田足袋のいま|職人の技と、新しいニット足袋

埼玉県北部の行田市は、足袋の産地として知られる町です。市内には今も「足袋蔵」と呼ばれる蔵が点在し、足袋づくりの歴史が町の風景に刻まれています。最盛期には全国の足袋の大半を行田が担ったとも言われ、2017年にはこの足袋づくりの文化が日本遺産に認定されました。行田で足袋に関わってきたISAMI(イサミコーポレーション)が、行田足袋の現在と、そこから生まれた新しい足袋についてお話しします。

行田と足袋——町の産業として

足袋は、生地を裁断し、甲や底といったパーツを縫い合わせてつくる縫製品です。一足の足袋ができるまでには多くの工程があり、行田ではそれぞれの工程に熟練の技を持つ人たちがいて、町全体がひとつの工場のように機能してきました。ISAMIも、この行田足袋の産地に根ざす作り手のひとつ(行田足袋の組合に加盟する一員)です。

着物文化の変化と、足袋屋のいま

着物を日常的に着る人は減り続け、足袋の需要も呉服とともに縮小してきました。行田でも足袋づくりをやめる会社が続いています。技術はあるのに、その技術が向かう先の市場が小さくなっていく——これは多くの伝統産地が直面している課題です。ただ、私たちは「足袋の需要が減った」ことと「足袋づくりの技術が古くなった」ことは、別の話だと考えています。生地を裁断し、立体に縫い立て、足に沿わせる。この技術そのものは、和装のためだけのものではないからです。

明治40年創業「イサミ足袋本舗」のこと

私たちの母体であるイサミコーポレーションは、明治40年(1907年)に「イサミ足袋本舗」として創業しました。以来、行田市向町を拠点に、足袋や学生服の製造に携わってきました。100年を超える時間の中で、扱う製品は時代とともに変わりましたが、「裁断と縫製で身につけるものをつくる」という仕事の芯は変わっていません。

正門の松と、ロゴの話

私たちのブランドロゴは、松の木がモチーフです。創業当時からの正門には、樹齢120年を超える松の木が立っていて、会社の営みを長く見守ってきました。流行を追うのではなく、同じ場所に根を張って続けていく。私たちのものづくりの姿勢を、いちばん体現している存在です。

新しいブランドISAMIと、The Knit Tabi

2025年11月、私たちは新しいブランド「ISAMI」を立ち上げました。その主力製品が、2026年6月26日にローンチしたThe Knit Tabi(ニット足袋)です。これは、足袋づくりの技法を呉服の世界から解放し、スニーカーやサンダルに合う日常の足元として再設計したもの。一般的な靴下が丸編み機で筒状に編み上げる成型品であるのに対し、The Knit Tabiは専用のニット生地を裁断し、足袋の製法で一足ずつ縫い立てます。見た目は靴下に似ていますが、つくり方は足袋そのもの。「編むのではなく、仕立てる」。行田の縫製技術があってはじめて成り立つ製品です。

生地は新潟・見附から——二つの産地の出会い

もうひとつの主役が生地です。ニット生地は、ニットの産地である新潟県見附市の三本テキスタイルと共同開発した、専用のジャカード生地「Amossa」。既製の靴下用生地を流用するのではなく、「裁断して縫い立てる」ことに耐える強度と、足袋にふさわしい風合いを両立させるため、素材と編み方を一から設計しました。ニットの産地・見附と、足袋の産地・行田。二つの産地の技術を掛け合わせた、これまでにない足袋づくりです。

おわりに:行田から、新しいジャンルの足袋を

着物のための足袋づくりが縮小していく中で、行田の技術に新しい行き先をつくること。それが、私たちがThe Knit Tabiをつくった理由です。指が分かれた足元は、鼻緒のある履物と好相性なのはもちろん、足の指を一本ずつ動かせるような、素足に近い感覚があります(感じ方には個人差があります)。行田の足袋づくりは、形を変えながら続いていきます。ブランドの背景はAboutページに、実際の製品はオンラインストアに、着用イメージはスタイリングページにまとめています。

Read more

読みもの

足袋ソックスの選び方とコーデ|大人のおしゃれ足元術

足袋ソックスを大人っぽく履きこなすコツを、足袋メーカーISAMIが解説。色・素材・つくりの選び方と、スニーカー・サンダルとの合わせ方、季節別の楽しみ方をコーデ実例つきで紹介します。

もっと見る